2012年5月4日金曜日

首や肩、腰の痛みを速やかに解消するペインクリニック-QLife


神経ブロックほど安全・確実に痛みを抑える治療法はない


取材協力/大瀬戸清茂(おおせと きよしげ)部長・NTT東日本関東病院ペインクリニック科
取材・文/松沢 実・医療ジャーナリスト

カルナの豆知識2008年4/5月号特集より

あらゆる痛みに優れた治療効果が得られるペインクリニック

 首や肩、腰などが痛むときは、整形外科や神経内科を受診する人が多いのではないでしょうか。実は、痛みを速やかにとってもらえるという即効性という点で、「ペインクリニック科」の右に出る診療科はありません。
 「ペインクリニック科の『ペイン』とは痛みのことです。主に神経ブロックという方法を用いて、痛みの診断と治療を行うのがペインクリニックです。首や肩のこり、腰痛はもちろん、あらゆる痛みに優れた治療効果が得られます」
 「日本のペインクリニックのメッカ」といわれるNTT東日本関東病院の大瀬戸清茂部長(ペインクリニック科)はこう明言します。
 ペインクリニックで駆使される神経ブロックの「ブロック」とは、遮断を意味します。薬や高周波などで神経の興奮伝達経路を遮断し、そのことによって痛みを抑える治療が神経ブロックです。
「たとえば、急性の椎間板ヘルニアでギックリ腰となったら、多くの場合、背骨の硬膜外腔というところに局所麻酔薬を注入する、硬膜外ブロックで速やかに痛みから解放されます」
 局所麻酔薬の効果は注入後2~3時間しかもたないのに、なぜその後も痛みが抑えられるのでしょうか。

 周知のように、椎間板ヘルニアによって神経が圧迫されると、その刺激は中枢神経に伝わり、ひどい痛みを覚えます。その痛みが交感神経などを緊張させ、血行の悪化を招きます。血行の悪化は酸素の不足や代謝物質の蓄積をきたし、それがまた新たな痛みの原因となるのです。
「いわば、椎間板ヘルニアによって痛みの悪循環サイクルが回り出し、腰痛の増悪を引き起こすのです。しかし、神経ブロックはこの悪循環に陥った痛みの反射路(痛みが中枢神経に伝わる道)を遮断し、ブロックすることで断ち切ることから痛みを解消してしまうのです」
 すなわち、神経ブロックは最初の痛みを抑えることで悪循環を断ち切り、同時に交感神経の緊張を和らげて血行の改善を促し、自然治癒力を高めるという治療法なのです。


子どもの本の背中の痛みを作るミュージックビデオの石鹸

神経破壊薬に代わる高周波凝固療法は安全・確実さが身上

 神経をブロックするにはいくつかの方法があります。もっとも代表的なのがブロック針を用いて、神経や神経の近くまで針を刺しこんで薬を注入する方法です。
「神経ブロックに用いる薬は、一時的に神経の伝達経路を遮断する局所麻酔薬と、長期にわたって遮断する神経破壊薬の2つに大きく分けられます」
 局所麻酔薬というとモルヒネなどの麻薬を思い浮かべる人がいるかもしれませんが、そうではありません。習慣性や副作用もない安全な薬で、一定の時間が過ぎると元の状態に戻ります。
 神経破壊薬とは怖そうな名前ですが、実際には神経の伝達路を長期にわたってブロックする薬です。
「最近は針の先端を電気で加熱し、神経の中にあるタンパクを熱で固め、物理的に神経の伝達経路を遮断する、高周波熱凝固法というブロック法も大きな注目を浴びています」
 高周波熱凝固法は、神経破壊薬のような長期の効果が得られます。加えて、ピンポイントで神経を狙いやすいため、神経破壊薬のように思わぬところへ流れ、痛みに関係のない神経を麻痺させる恐れが少ないのです。
「神経破壊薬に代わるより安全な方法として、高周波熱凝固によるブロックが急速に普及してきています」

痛みを抑えるだけでなく、自然治癒力も高める交感神経ブロック

 神経ブロックは、行う部位によって約50の方法がありますが、現在、行われているのはそのうちの約20の方法です。①知覚神経ブロックと、②交感神経ブロック、③両者を組み合わせた神経ブロックの3つのタイプに分けられます。
「知覚神経ブロックは、痛みの刺激を脳に伝える神経を遮断するブロックです。一方、交感神経ブロックは頚・胸・内臓・腰・仙骨部の5カ所の交感神経節をブロックする方法です」
 交感神経節とは、交感神経の集まっているところです。ここをブロックすると痛みの伝導が遮断できるだけでなく、それぞれの支配領域の血行が改善され、炎症が抑えられ、自然治癒力が高められます。そのため腰痛や肩こり、首の痛みなどに対しては、この交感神経ブロックが治療の主軸として用いられていることが多いのです。


貧困は、肥満に寄与する

腰痛には硬膜外ブロックや高周波による神経根ブロック

 腰痛を引き起こす二大横綱は、椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄です。椎間板ヘルニアは背骨の椎体と椎体の間に挟まった椎間板が飛び出し、神経を圧迫することから生じます。腰部脊柱管狭窄は、脊髄神経の入った腰の脊柱管が狭くなり、神経を圧迫することから引き起こされます。

 「椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄症に対しては、主に硬膜外ブロックなどが行われます。硬膜外ブロックは硬膜外腔に局所麻酔薬を注入し、脊髄神経に沁みこませます。知覚神経や交感神経などが遮断され、痛みを和らげると同時に、血行などが改善し自然治癒力を高めます」
 腰痛の多くは硬膜外ブロックで治癒しますが、それでも痛みが治まらないことがあります。たとえば、椎間関節が絡んで神経(脊髄神経から分岐する神経の枝)を刺激しているようなケースには、高周波凝固法による後枝の神経ブロックなどを行います。
「高周波凝固法による神経根ブロックは、腰の関節の痛みを支配している後枝内側枝という神経の枝を、熱で焼いて遮断する方法です。局所麻酔薬で一時的に神経機能を麻痺させる神経ブロックと異なり、遮断された神経が再生されるまで長期の効果(1年程度)が期待できます」

限りなく保存的療法に近い経皮的椎間板摘出術

 ペインクリニック科では神経ブロックだけでなく、神経ブロックにさまざまな方法を積極的に組み合わせて治療しますが、最近、大きな注目を浴びているのが、経皮的椎間板摘出術です。背中に3mmほどの切開を入れるものの、限りなく保存的療法に近い治療法といえます。神経ブロックで満足な効果が得られない椎間板ヘルニアに対して行われます。
 「レントゲンで透視ながら、直径2mmの円筒状のプローブを切開口から椎間板に挿入し、椎間板の一部を吸い取る治療法です。吸い取った分だけ神経への圧迫が弱まり、痛みが解消されます」


コネチカット州の痛みの薬の医者

 経皮的椎間板摘出術が優れているのは、通常の外科手術と比べ筋膜の切開や骨の除去等が不要なので、体への負担が極端に少ないことです。もちろん、術後の合併症はほとんどありません。入院期間も検査を含め約1週間で済みます。
「体力のないお年寄りをはじめ、傷あとを残したくない女性や、早期に社会復帰したい患者さんなどに喜ばれています」
 NTT東日本関東病院では、これまで約600人近い椎間板ヘルニアの患者に経皮的椎間板摘出術を行ってきました。術後すぐに痛みがとれる場合と、徐々に痛みがとれ1~2カ月かけてよくなる場合があります。適応のある症例について、著効・有効をあわせると80%以上の患者に効果が認められ、優れた治療成績を残しています。

首や肩の痛みの治療は星状神経節ブロックが主軸

 一方、首や肩の痛みはいろいろな原因で生じますが、首の骨(頸椎)に関連して生じるものと、肩の関節に由来して起こるものが代表的です。寝ちがいをはじめ、肩こりや老化による五十肩、肩の腱が切れた肩腱板断裂、さらに頸椎の椎間板ヘルニアや変形性頸椎症、頸椎椎間関節症、ムチウチ症(外傷性頸部症候群)、胸郭出口症候群などがあります。
「首や肩などの痛みには、痛む場所や症状によって神経ブロックをはじめ各種の治療を行います。なかでも、もっともよく行われるのが星状神経節ブロックです」
 星状神経節とは喉の下のところにある交感神経が集まった神経節です。左右一対存在し、形が星に似ているのでこの名前がつけられました。
「星状神経節は頭や顔、首、肩、腕、胸などを支配する幅広い範囲の交感神経の中枢といえます。そのためこの範囲に生じた痛みに、星状神経節ブロックがよく行われるのです」
 星状神経節ブロックは星状神経節のごく近くに針を刺し入れ、局所麻酔薬を注入します。交感神経の緊張が緩んで血行が改善し、驚くほどすみやかな除痛効果を得られるのが特長です。ほかに、後頭神経ブロックや肩甲上神経ブロック、肩関節ブロック、腕神経叢ブロックなども多用されます。


難治性疼痛に効果的な脊髄電気刺激療法

 最近、ペインクリニック科の治療で大きな注目を集めているのは脊髄電気刺激療法です。神経ブロックなどで十分に痛みが消失しないがん性疼痛や、けがや手術で神経が傷ついて生じる痛み、帯状疱疹後の神経痛、糖尿病による神経障害などの難治性疼痛に用いられます。
「脊髄電気刺激療法は、脊髄に微弱な電気刺激を与えることで、痛みの信号を脳に伝わりにくくする治療法です」

 あらかじめ脊髄の中で、痛む場所につながる神経が集中する部位をMRI検査などで探し出しておき、その部位の硬膜外腔にリード線を挿入し、その先端に電極を置きます。
「痛みが和らぐかどうか、電極に電流を流して確かめます。効果があると判定されたら、電気刺激の発生装置を腹部に埋めこむ手術を行います」
 電気刺激の発生装置(5×6cm)はペースメーカーとほぼ同じサイズで、患者自身がリモコンで操作します。
 痛みの強さなどに応じて、適切な電気刺激を与えます。
「脊髄電気刺激療法の治療対象は、じっとしていても感じる痛みです。腰痛や関節痛のように動いたときに感じる痛みや、痺れにはほとんど効きません」
痛みの性質などを見極めて、適切と思われる難治性疼痛に用いる必要があります。
 脊髄電気刺激療法は効果に個人差が大きく、痛みが完全にとれない患者も少なくありません。それでも痛みの程度が半減したり、9割り方減ったりした患者もいます。
「いくつかの治療を組み合わせて痛みを少しでも取り除き、よりよい日常生活を送れるようにすることが大切なのです」
 わが国にペインクリニックが誕生したのは1962年。東大病院の麻酔科の外来として発足し、その後、各大学病院にペインクリック科が新設されてきました。現在、ペインクリニックを標榜するクリニックも増えてきましたが、まだまだ不十分といわざるを得ない状況です。首や肩、腰の痛みでドクターショッピングを繰り返す患者が少なくない、という現状を見ても明らかでしょう。
 ペインクリニックは生活の質(QOL)を高める治療であり、痛みに苦しめられることのない生活を目指す治療法です。さらに広く普及することが切実に望まれています。


瀬戸清茂(おおせと・きよしげ)部長
NTT東日本関東病院ペインクリニック科

1975年信州大学医学部卒業後、同大附属病院麻酔科へ入局。82年NTT東日本関東病院ペインクリニック科、2004年同科第4代目部長に就任。NTT東日本関東病院ペインクリニック科は日本のペインクリニックの創始者である若杉文吉氏がつくった診療科で、世界でも有数のペインクリニックの技術を誇る。わが国のペインクリニックの第一人者として広く知られている。

※掲載内容は2008年4月の情報です。



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